むかし橋本治が「女は九割が『自分はブスかもしれない』と思っている。こんなばかな話はない」という意味のことを書いていました。ブス呼称問題に対する回答は「そいつらにジャッジされるいわれはない」以外にありません。「そいつら」は男性であったり、男社会の規範を内面化した女性であったりしますが、そんなのはどうでもいいことです。問題は特定の属性の者を客体化してそれ以外の誰かにジャッジする権利があると思い込む差別構造です。高校生だった私にもわかるほど明白な性差別の問題です。
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「風立ちぬ、いざ生きめやも」をさらに現代語に訳してみると、
「やも」が詠歎をこめた疑問や反語をあらわすためにこうなってしまうのです。
「めやも」の「め」は、推量の助動詞で「む」の自然形
「や」は、反語の「や」。「も」は助詞。「やも」詠嘆(えいたん・深く心に感じたことを表現する言い方)を込めた反語の意を表します。
「風が立ってしまった。さあ生きよう。でも生きようとするかなあ。
しないだろうなあ。」

